2019年を振り返るに

はてなダイアリー」がついに終わり、それまでの内容もそのまま「はてなブログ」へと引き継がれたけれど、結局、年に1回、大晦日に振り返るための場所でしかない。「ここを見ている人はいるのかな」と毎年思うのだけれど、今年はとくにそう思いながら、やっぱりここで1年を振り返ることにする。

相変わらず仕事ばかりしているのには変わりはなくて、それでも、自分で何かを楽しむとか自分の身体に向き合うとか、そういうことは少しはできた1年だったように思う。それはたぶん、昨年少し意識をしたことに加えて、年齢とともに体力的に持たなくなってきていると実感したからだろう。自分の年齢を考えてみれば、そして今までの自分の体力のなさも考えてみれば、それは当たり前のことだといえる。気力で何とかなる時代は終わったのだ。もう少し早く気が付いて動いていればもう少し違ったかもしれない。などと言っても詮無いことであり、今からでも少しでも動けばいいやと思っている。

今年は、自分のことよりも社会のあれこれに対して、ため息をつくことが多かった。取り立ててどの事象がどうこうというのではなく、これらに通底していることは共通していて、だからこそ、どうにかならないものかと思いながら、日々を送っていた。これらは自分の仕事にも関わってくるものも多いため、自分が責任を持ってはたすことにおいては、自分も他人も裏切らないようにと、それだけは貫こうとしていた。実際、十分にそうできたかどうかはわからないけれど、未来を簡単にあきらめてしまいたくはなかった。まだしばらくこのような状況は続くことは十分に予想されるが、私は私の仕事を全うするほかない。

私が仕事をし、またこうして考え続けられるのも、相方の人と周囲の人のおかげである。

多くの人に感謝を。来年が多くの人にとって良い年でありますように。

2018年を振り返るに

もうそろそろサービスも終わるというのに、まだはてなブログに移行できていないのだが、このままここで、一年を振り返ることにする。

今年の前半は、これまで通り、仕事を引き受けては片付けていた。役職に就いたこともあり、役割としてする仕事も増えた。それが当たり前の日常だった。

けれど。今秋、二人の仲間を失ったところで、私の意識は少し変わった。二人とも、別々のところで、ともに仕事をしてきた。私より少しだけ年上の二人が亡くなるには早すぎた。二人とも、周囲のことによく気がつき、多くの人に慕われていた。そして、仕事量も多かったように思う。

私は自覚あるワーカホリックだ。けれども、本当にこれでよいのだろうか。仕事は好きだけれど、自分の心身に堪えるほどに仕事をすることは、私の望む生き方だろうか。常に、いつ死んでも悔いのないようにと思いながら生きてはいるけれど、これは少し違うのかもしれない。

少しずつ仕事との向かい方を変えていこう。相方の人と二人で少しでも長く、ともに楽しくいられるためにも。私が仕事をし、またこうして考え続けられるのも、相方の人と周囲の人のおかげである。

多くの人に感謝を。来年が多くの人にとって良い年でありますように。

2017年を振り返るに

ここを見ている人がいるのかはもはやわからない。はてなダイアリはもう新規登録できなくなったし、ある意味ここは貴重な場所かもしれないと思いながら、2017年を振り返ってみる。

2016年を振り返っていないのだが、実は職場を異動している。新しい職場において2年が経とうとしているわけだが、ようやく振り返る余裕ができたともいえる。職種が変わるわけではないとはいえ、新しい職場に適応するには、やはり大きなエネルギーが必要だ。

さて、この1年。相変わらず仕事ばかりしていた。ただ、世の中のあらゆることが変わっていっていることから、改めて、自分のできることは何なのかを考えることが多くなった。また、いわゆる若い世代の人たちに伝えることばを練ることも多くなった。いつになっても十分に伝えられたと思うことは少なくて、ずっと改良し続けていく必要があることでもある。伝えたいことの核となるものは変わらなくとも。

本格的にこの仕事に就いた1年目、それはそれは大変なことが多かったのだが、それから10年が経った。まだ10年しか経っていない。けれど、この先を考えたら、実質的にあと20年あるかないかだ(その後も長くできる仕事とはいえ、フル稼働を考えると)。その時まで働けているかどうか、業界全体を眺めていても、いろいろな意味で不確実性が高いのだが、それでも私はこの仕事を続けていくだろう。だとすると、やはり、自分のできることは何なのかを、考えねばならない。

私が仕事をし、またこうして考え続けられるのも、相方の人と周囲の人のおかげである。

多くの人に感謝を。来年が多くの人にとって良い年でありますように。

2015年を振り返るに

お久しぶりです。というにもほどがあるくらいに、お久しぶりです。

2014年の振り返りもしていなかったことに、2015年の大みそかになってから気づくという。ここを見ている人がいるのかいないのかわからないけれど、2015年をひっそりと振り返ろう。

ここの過去ログを見返してみると、毎年何かしらがあって乗り越えているのだけれど、今年もやっぱり何かしらがあって何とか乗り越えてきた、というまとめになってしまう。

昨年度の終わりに仕事の上で少し大きなことがあり、そのため今年というか今年度の仕事のあり方がいろいろと変わった。職場での仕事はどちらかというと少なくなったのだけれど、かなり大きめの対外的な仕事を引き受けることが多くなり、出張も増え、トータルで考えると仕事の量というか忙しさは今までとあまり変わらなかった。自分の努力の足りなさを痛感することもあった。

仕事関係で、いくつかのことに巻き込まれそうになり、その都度、自分の立ち位置を確認することもしばしばあった。私の中で整合性がとれないこと(折り合いをつけられないこと)であれば、それは断ったり関わらなかったりという選択をした。長い物には巻かれた方が楽かもしれないが、おそらくその楽さは一瞬のことであり、その後の仕事や生活を納得して送れないと思ったからだ。これはもう、私の生き方に拠るものなのでどうしようもない。そして、今もその選択をしたことに納得をしている。

この1年、体調が悪い時もしばしばあった。無理もきかなくなっているし、記憶力も落ちてきている。寄る年波には勝てない。それでも、すべきこと、責任をはたすべきことは、こなしてきた。それができたのは、相方の人と周囲の人のおかげである。来年は、いろいろなことが変化する。どうなるのかわからないけれど、自分のできることを粛々とこなしていこう。

多くの人に感謝を。来年が多くの人にとって良い年でありますように。

2013年を振り返るに

……お久しぶりです。

いまアクセスして驚いたことに、1月2日にエントリしてそれっきりだった。とはいえ、毎年の大晦日、その年を振り返るのはここなので、気にせず(?)書くことにする。見てくれている人がいるかどうかわからないけれど。

昨年も「とにかくいろんなことがあって、それをなんとか乗り越えてきた」と書いているのだが、今年は、それ以上にとにかくいろんなことがあって、今年以上になんとか乗り越えてきた。

昨年倒れて入院した祖母が5月に息をひきとった。その後、7月に相方の人のお父さんが急に他界した。いずれの時も、感情的にゆさぶられ、身体的にも精神的にもきつかった。それは、親しい人が亡くなったことよりも、故人を中心とした家族(的なもの)の動きや変化に沿って動かざるを得ないことによるものが大きい。21世紀になっても、前近代的なものは残り続けている。それを目の当たりにしながらも、仕事をするためにいつもの場所に戻ってくる(戻らざるを得ない)。行ったり来たりする、それが堪えたのだろう。歳をとり、体力も衰えてきている。もとから体力がないのだから、よけいに負担も大きかったのかもしれない。

それでも、すべきこと、責任をはたすべきことは、こなしてきた。それができたのは、相方の人と周囲の人のおかげである。来年は、もう少し年相応の仕事の仕方について考え、無理なく日々をすごせる術を身につけたい。

多くの人に感謝を。来年が多くの人にとって良い年でありますように。

今年のテーマ

今年も初詣は北野天満宮にて。

われわれの今年はどんなものですかねと、相方の人がおみくじをひいたところ、「半凶」と出る。どうやらしばらく苦難が続くらしく、新年早々厳しい……。「木こりは思い薪を背負うて行くのを苦にすることはないのだよ」ということで、火をおこすには薪は必要だし、そう考えれば、苦難が続いたとしても、それはこれから生きていくためには必要なものなのだろう。

まあ、今年も、いつも通り、自分にできることをきちんと全うできるよう、積み重ねていきます。